HigherFrequency  DJインタビュー

ENGLISH INTERVIEW

Jeff Mills が戻ってくる。

2006年秋 「3年間に渡る宇宙旅行に旅立ち、帰還後にその体験を作品にして発表していく」 と宣言し、日本でのDJ活動を封印してしまった Jeff 。2010年1月1日0時0分1秒、東京・渋谷WOMBに帰還する予定だが、それに先立ちリリースされるのが、新作 "Sleeper Wakes" である。それは宇宙を旅する Jeff からの中間報告であり、メッセージであり、この前代未聞の<宇宙>を巡る一連のコンセプチュアル・アートの鍵となる重要作でもある。

<宇宙>はUR時代から継続する Jeff のライフ・ワークであり、すべての活動の中核となるモチーフだ。だがもちろん、彼のやろうとしていることは荒唐無稽なスペース・オペラではない。アフリカン・アメリカンにとって長い間<宇宙>は憧れであり、<コズミック・ワンネス>を実現する理想郷だった。Sun Ra や P-Funk を始め、<宇宙>をコンセプトとして表現してきたアーティストは数多い。だが Jeff の<宇宙>へのアプローチは、それともまた異なるようにも思える。

一聴してそれとわかる、知的で奥行きのある壮大なサウンドスケープの完成度と、人の心にざわざわとさざ波を立てていくような孤高の美の輝きは、ほかの誰にも真似できない、その領域に迫ることすらできない、Jeff の独壇場である。だが一見難解なテーマ、ミステリアスなサウンドに覆われ、いささかそのコンセプトがとっつきづらく感じられることも確かだ。そこで今回の取材ではあえて一から、Jeff の<宇宙>に対する思いから掘り起こしてみた。基本中の基本だが、やはり知っておきたい。いったいこの 「ターンテーブルを操る哲学者」 は、何を考え、何を目指しているのか?

Interview : 小野島大

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-- いかにも Jeff Mills らしい、Jeff Mills にしかできないアルバムと思いました。完成した今の心境は?

Jeff Mills : 今作の音楽スタイルやコンセプトは、かなり長い期間をかけて考えてきたものです。エレクトロニック・ミュージックの歴史において、こういったサウンド/コンセプトは欠けていたものではないかと感じています。そのコンセプトとは、一言で言ってしまえば<未来>です。いったいこれから何が起きるのか、私たちはこの先どうなっていくのか、どこへ向かおうとしているのか。そこから<宇宙><宇宙旅行>という具体的なコンセプトが浮かびあがって、それをアルバムのテーマとしたのです。

-- あなたの<宇宙観>について、改めてお聞きします。あなたの宇宙に対するアプローチはUR時代から始まっていますが、興味を持つきっかけはなんだったんでしょうか。

Jeff Mills : 子供のころから、コミックやアニメ、SFなどが好きで、そのときから<宇宙>というものに興味がありました。将来なにかしら宇宙に関係するようなことができればいいな、と思っていたのです。あと、特に60〜70年代のアメリカではアポロ計画というものが頻繁に報道されていたので、自分たちの生活にかなり近いもの、当たり前のものとしてとらえていました。なので宇宙というものは私にとってある意味で身近に感じられていたのです。当時<ニュー・フロンティア>なんて言い方をしていましたが、将来、宇宙が新しい開拓地となって、自分の人生により深く関わってくるんじゃないかと、ずっと思っていたのです。

-- <宇宙>という概念は、昔からいろんなミュージシャンに<コズミック・ワンネス>、つまり国境や民族や人種を越え人類がひとつになれる場所、一種の理想郷として語られてきました。あなたにとっても、宇宙とはそういうイメージなんでしょうか。

Jeff Mills : はい、コズミック・ワンネスの思想にも影響を受けましたし、自分たちの存在とは一体何なのかという疑問と、宇宙が深く密接に関わっているところに惹かれたのです。自分の生命の源となったものが、この宇宙のどこかに存在している──直接的な繋がりはまだ見つかっていませんが──宇宙と我々がなんらかの形で繋がっているということが、すごく魅力的だったのです。

-- アフリカン・アメリカンの方々にとっては、宇宙という概念はつらい現実を忘れるための、いわば現実逃避という意味合いもあったとされています。あなたにとってそういうニュアンスはあったのでしょうか。

Jeff Mills : <コズミック・ワンネス>に関しては、逆の考え方もできるのではないでしょうか。つまり地球こそが、人間が<こうありたい>という理想郷なのではないか、宇宙のほうがむしろ現実ではないかと、と。アフリカン・アメリカンが宇宙に対して近い思いを持つのは、ひとつに、アフリカの自然が宇宙と繋がっていると感じられるからではないでしょうか。古代のアフリカ人たちが、空を眺めて森羅万象を学んだように、アフリカ系の人たちは宇宙に惹かれるのではないか、という気がします。

-- 「地球こそが、人間が作り上げた理想郷であり、宇宙がむしろ現実」 というお考えを、もう少し詳しく説明していただけますか。

Jeff Mills : 地球上に関しては、人間がある程度コントロールできる状況にあるということです。人間は大抵の場合、計画や目的があって行動します。その結果が必ずしも人間にとってベストな結果になるとは限りませんが、みななるべく地球を理想郷にしたいと願い、努力しているはずです。ですが宇宙は人間にとって手の届かない、コントロールできない場所です。そういう意味で宇宙は、誰にも触れられていない<現実>なのです。

-- どちらがあなたにとって心地よいんですか。

Jeff Mills : 自分がより多くの経験をしているという意味で。地球のほうが心地よいですね。

-- 今回のコンセプトによれば、あなたは2006年の秋から宇宙を旅していることになっています。宇宙を旅することで、見えてきたものはありましたか。

Jeff Mills : 普通の世界から一歩引いて、まったく違う角度からいろんな物事を見ることによって、音楽に対する考え方がよりクリアになったということと、自分が音楽を作っていくにあたって何が大切なのか、見つけることが容易になりました。というのも、一般の世界とは離れたところにいるので、流行とか人気とか成功とか、そんなことを一切考えずに自分の基本に戻って、なぜこの音楽をみなが聞きたいと思うか、根本的なことを考えて音楽を作れるようになったのです。そうすることで、自分の考えをより簡単に音楽に表現できるようになり、自分の思う通りの音楽ができるようになったのです。

-- では、あなたにとって音楽を作るにあたってもっとも大切な基本、原点はなんでしょうか。

Jeff Mills : 光に一歩近づく感覚、というのか……うまく説明できませんが(笑)……そうした感覚を味わうことが、自分が音楽を作るにあたっての原点なのです。

-- 光、とは?

Jeff Mills : 光、というのは、別の言葉で言えばたぶん<答え>だと思います。宗教的な意味ではなくて、曲が完成した時に、自分あるいはそれを聴いた人の心の中に、一片の安らぎのようなものを与えられるかどうか。それがつまりは自分たちの生きる意味とか、この世界が存在する意味のようなものに繋がっていくんだ、と。それが<答え>なのです。

-- あなたは世の中の流行には関心がなくなってきているということですが、あなた自身の音楽も、ダンス・ミュージックとは必ずしも言えないものになってきています。ダンス・ミュージックであったりテクノであったりエレクトロニック・ミュージックへのこだわりもまた、薄れてきているのでしょうか。

Jeff Mills : もともと私の音楽に、テクノだとかダンス・ミュージックだとか、明確なラインがあるとは思っていません。今はそれがさらに曖昧に、不明瞭になっているのではないかと思います。90年代から私は、普通とは異なる、テクノでもハウスでもインダストリアルでもない、どれとは言えない音のスタイルというものを自分の中で確立しつつありました。今回もオーケストレーションを使ったクラシカルな要素やトライバルなビートなどさまざまな要素が入って、もはやジャンルへのこだわりはまったくありませんね。

-- ふむ。あなたのインタビューでの発言や、音楽のコンセプトを説明する時など、非常に理知的・論理的で、言葉への信頼感が強いと感じました。曲を作る際に言葉を使うこと、具体的には歌を入れるとか、そういうことは考えたことはありますか。

Jeff Mills : うーん……歌詞をつけようと考えたことはないですね。あまりにダイレクトになりすぎる気がします。多くのエレクトロニック・ミュージックは言葉がありませんが、ダイレクトに伝えるのではなくニュアンスを示唆することで、自分の考えを間接的に伝えるほうが自分にはあっていると思います。

-- 歌の入った音楽にはあまり関心はない?

Jeff Mills : キャリアのほんとに最初の時期、ヒップホップやハウスをやっていたころは、ヴォーカル曲を作っていたこともありましたが、ヨーロッパに行って初めて──言葉の障害などもあって──もっとユニバーサルなサウンドの必要性をすごく感じて、そこから言葉への興味がだんだん薄れていったんです。むしろ自分としては、いかに音自体に言葉の意味あいを持たせるか、そういう音作りに興味を持つようになりました。それが映画のサントラを作るとか、そういう方向に繋がっていったんだと思います。

-- 音自体に言葉の意味あいを持たせる、とは?

Jeff Mills : 誤解がないように説明すると、音階がアルファベットをあらわすとか、そういうことじゃない (笑)。ある言葉から受けるフィーリングと同じものを音から受けるような、そういうことを考えたのです。具体的にはある種の音階を、文章を組み立てるように作っていくような方法をとるということです。

-- それはある種の論理性に基づくわけですか?

Jeff Mills : そうです。

-- 確固たる理論によって音楽を成立させると。

Jeff Mills : 私としては、音楽はなんらかの信念に基づいていなければ面白くないと思います。自分の尊敬するアーティスト── Sun Ra、James Brown、George Clinton から Juan Atkins、Kraftwerk に至るまで、おのおののアーティストは必ず自分の中で信じる何かがあって、それを表現するために音楽を作っていたんじゃないでしょうか。自分にとってその信念のひとつが、宇宙なんです。宇宙そのものというより、宇宙の中に何があるのかを表現したいし、それがほかの人にとっても興味深いことなんじゃないかと思っています。

-- このインタビューの最初のほうで、このアルバムのコンセプトは<未来>であるとおっしゃいました。あなたが宇宙に興味を持った60年代のアポロ計画のころは、人類にとって未来というのは光り輝く希望そのものであって、宇宙進出がそのポジティヴな未来の象徴のようなものだったと思うんです。ですが、いまや必ずしもそうとは言えない時代になっています。あなたにとっての未来とはポジティヴなものなのか、それともネガティヴなものも含んでいるんでしょうか。

Jeff Mills : いやいや、すごくポジティヴなものだと思ってますよ。今の地球のネガティヴな状況というのは宇宙の長いタームの時間軸からみれば、ほんの一瞬のことであって、自分たち人間が宇宙のことを学び、知ることによって、未来に貢献できると思っています。自分は長いタームで考えているんで、地球ではなく宇宙全体のことを考えれば、未来はポジティヴなものと言えるんじゃないでしょうか。

-- ではあなたにとって、理想的な未来とはどんな形なんでしょうか。

Jeff Mills : 自分たちがどこから来たのか、何者なのか解明することで、未来がどうなるのか、我々が何をすべきなのか見えてくるんじゃないでしょうか。

-- 見えてきましたか?

Jeff Mills : 自分の長いDJのキャリアの中で、無数の人たちとの接触もあり、そのなかで、あるフィーリングを感じ取ったり与えたりできるようになってきています。だから自分たちに関する未来は多少見えてきています。それはDJというキャリアを通じて進化させることのできたスキルであり、DJや音楽制作を続けることによって、人と人との関係をより密にすることができるようになったんです。そういう意味では、自分のやってきたことに意味はあったのかなと思います。

-- ふむ。あなたの追求してきたことは、古今の哲学者たちが一生をかけて追い求めてきたことを、音楽を通じてやっているということなんでしょうか?

Jeff Mills : そういうことだと思います。あとは、なるべく多くの人たちの注意を引くように心がけているということと、長年DJや音楽制作を続けてきて方法論も変わってきている中、今回 "Sleeper Wakes" のプロジェクトを通して、自分の表現したいことを表現しているということです。

-- あなたが書いた "Sleeper Wakes" のコンセプトを説明する文章があるんですが、その中に 「Explores the idea and need for great change」 という一節があります。この 「great change」 とは具体的には?

Jeff Mills : エレクトロニック・ミュージック、ひいては音楽全体の、流行性みたいなものに関する印象ですね。音楽とはエンタテインメントであってそれ以上のものではない、というのが一般的な見方だと思うんですが、それを変えていかなきゃいけない。ひいては、物事の硬直した見方や捉え方を、変えていかねばならない、という意味です。

-- さきほど出たように、より多くの人たちに聞いてもらいたいというお気持ちは、あなたにもあると思うんですが、それはエンタテインメントという言葉では説明できないものなんでしょうか?

Jeff Mills : いえいえ。もちろん私がやっていることがエンタテインメントだという自覚はあります。音楽にエンタテインメント性があるということは否定しませんが、同時に、音楽はメッセージをも伝えうるということが軽視されている現状もあると思います。一般的にはエレクトロニック・ミュージックやテクノはレイヴやパーティーの音楽だという認識が強いんですが、それに対して、テクノはもっと深みのある、メッセージを伝えうる音楽なんだという認識をいかに伝えていくか、ということで長年私自身も苦労しているんです。ひとつのやり方として、初期の先駆者的なアーティストが作った音楽に立ち戻り、そのメッセージをかみ砕いて自分なりに紹介していくことなども考えています。

-- 初期のアーティストとは?

Jeff Mills : Juan Atkins です。エレクトロニック・ミュージックと宇宙を繋げ、それを一種の未来学に繋げていった彼の功績には、大きな影響を受けています。

-- 今のエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージック状況に関して、どのようにお考えですか。

Jeff Mills : まあ、そのつどの流行に関しては特に言うことはありませんが、ただ感じるのは、できること、可能なことと、実際に作られているものの間に大きなギャップがあるんじゃないかということです。最近のハードウエアやソフトウエアの進歩はすごくて、ほとんどどんなことでもできるのに、それを有効に使いこなせていない。表現力やイマジネーションが足りないんじゃないかという印象ですね。

-- テクノロジーの進化に人間の感性が追いついていないと。

Jeff Mills : その通りです。今に始まったことではなく、人間のエモーションがテクノロジーに追いついてない状況は、エレクトロニック・ミュージックが生まれた当初からあったんじゃないでしょうか。私としては、テクノロジーをいかに使っていくのか、いつも模索しています。音楽も、イベントに関しても最近はいつも形が決まり切っていて、テクノロジーの面でもエモーションの面でも何も新しい要素が感じられない。むしろ退化してるんじゃないかと思うぐらいです

-- ふむ。最近出た Kraftwerk のボックス・セットはお聞きになりましたか?

Jeff Mills : 何曲か聞きましたよ。

-- 私はあれを聞いて、エレクトロニック・ミュージックって、このころから何が進化してるのかと考えてしまいました。

Jeff Mills : その通り。まさにそういうことです(笑)。

-- 2010年の1月1日の0時0分1秒に、あなたは宇宙から日本に帰還するということですが、その瞬間は、いったいどんなものになるんでしょうか?

Jeff Mills : とてもわくわくしています。4年前と比べて東京がどう変わっているか、オーディエンスがどう変わっているか興味津々なんです。みんなも、私がどう変わったか興味があるだろうけど、同じぐらいみんなのことを楽しみにしているんです。同時にこの4年の間に私が発見したさまざまなアイディアやコンセプトを、その場ですべて披露したいと思ってます。

End of the interview


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通訳を通してのスカイプでの会話、という初めての経験だったが、思いのほかわかりやすく、率直に質問に答えてくれた。だいぶ前に話を訊いたときは、韜晦気味に話がどんどん難解になっていった記憶があるが、彼の中でさまざまなコンセプトやテーマがこなれ、うまいぐあいに発酵してきたのだろう。おそらくは初めて、その宇宙人的な(?)ポートレイトをはっきりとさらしたジャケットのアートワークが示すように、以前と比べより開かれてきた、という印象を持った。

2010年1月1日の0時0分1秒のWOMBで、一体なにが起きるのか?この4年の間に作られた新曲で、すべてのセットは構成されるという。"Sleeper Wakes" を聴きながら、静かにそのときを待ちたい。








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