今回、彼女のキャリアとしては初のダンス・コレクション・アルバムをリリースするAK。Francois K.やEric Kupperの手によりリミックスされて世界中で大ヒットとなった"Say that you love me"のタイトルを冠し、これまでの彼女のハウス・ヒットが網羅されているだけでなく、彼女の最新の音源も収録された、ハウス・ファンには見逃すことの出来ないアルバムに仕上がっている。今回は、活動の拠点をNYに移してからの集大成ともいえるこのアルバムに至るまでの、彼女のこれまでのキャリアと、これからのアーティストとしての展望についてじっくりと話を伺った。
Interview : Nagi (Dazzle Drums)
――まずは日本でデビューするにいたるまでの経緯を教えてください。
AK : もともと私、シンガーになりたくて東京の大学を選んでるんです。8歳の時にエウミール・デオダートの『Prelude』(ツァラトゥストラはかく語りき)ってアルバムを聴いて、あの一枚で私の人生は大きく変わりました。私もこんな曲が書きたい、って思うようになって。そして8歳のときに初めて作ったのがボサノヴァ。小学校5年くらいからは詩を書き始めて、高校ぐらいのときには20曲くらい集まってて。で、東京に行けばシンガーになれるって思っていたのだけれど(笑)、シンガーになるなんて言ったら親は行かせてくれないだろうから、「東京の音大に入ります」って言って。そのために高校からヴィオラを習い始め音大に入ったの。でもなぜヴィオラを選んだかというと、実はエウミール・デオダートのストリングスのアレンジメントが、ヴィオラのあたりのアプローチがとても巧い人で、このなんともいえない不思議な存在感が好きだったから。音大入った後に「ごめんね、嘘ついて。本当はシンガーになりたくて」って親に言ったら、「解ってた」なんて言われちゃうんだけど(笑)。
――日本でシンガーソングライターとして成功なさって、ある意味このまま日本で活動していくという選択肢もあったと思うのですが、なぜ日本から海外に活動の場を移そうと思ったのですか?
AK : 私はいつもプロセスを踏むごとに次の目標っていうのがあるんですね。実は大学3年でデビューしてから数年ぐらいで目線が海外に移ったんです。ポリスター時代に私アルバムを8枚出してますが、もともとインストを聴いて育ってるし、歌モノは大学ぐらいから、アレサ・フランクリンとかアル・グリーンとか、ああいうソウルなどを聴き始めて、洋楽がすごく好きだったので、ポリスターの人に「海外で曲を出したい」って話をして。そしたら「残念ながらうちは海外にネットワークがなくて出せない」と。
で、そのタイミングでEMIさんから移籍の話が来たんです。そのときのA&Rが長井さんって言うんですけど、その人は私が海外志向になっているのを知ってて。それまで私はメロディを書いて詩を書いて歌う、っていうのはやってきたんだけれどアレンジメントはやってなかった。でもデモテープは作ってたんですね。そのデモテープをディレクターとかいろんな人に聴かせるたびに、「朱美ちゃんのデモテープっていいんだよねえ」みたいな、そんな感じのことを言われてたんだけど、なかなかそれをそのままレコーディングするチャンスがなくて。ただそのEMIの移籍をさせてくれた長井さんっていう人は「君のデモテープをそのままレコーディングした方が僕はいいと思う」って初めて言ってくれた人なの。で、ええ?って(笑)。
私はそれまでプロデューサーの経験もないから、デモテープは作っているけど、デモテープ=レコードになる、っていう頭が無いわけ。だからこんなので良いわけ?って。でも彼は「いや、君のそのまんまがきっと一番いいと思うからやってくれ」と。で、バジェット(予算)をあげるからその中で、好きなようにどの国に行ってもいい、どのミュージシャンと組んでもいい、ただ僕は助けないからね、と。
ということで、これが私のターニング・ポイントの第一弾。NYに移るまでの第一段目のステップが始まるんですけれど、このポイントで私の自立が始まるわけですね。プロデューサーとしてのスキルを身につけていくの。海外のアーティストと組むにあたって、自分でコンタクトを取ってデモテープを送って聴いて貰って、こういう音楽をやってる者ですけど仕事一緒にしたいですか?って聞いて、「OK!やりたい」といってくれた人とだけ仕事をする、みたいなスタイルを始めて。
で、やっているうちに、ロンドンのレコーディング『Yes』でも、LAの『Dreramin'』のときも、「なぜ君はUSから出さないんだ」って皆から言われちゃうわけ。私も世界に照準は向いているんだけど、まだそのときはちょっとずつちょっとずつ足固めをしているときだから、そこまでの自信がなくて。でも3枚目のNYレコーディング『Love』のときに一緒に組んだエンジニアが、ケヴィン・KD・デイヴィスという、デスティニー・チャイルドとかアッシャー、ビヨンセとか、トップの人たちと組んでいるエンジニアで、その彼が私のアルバムを一緒に創りながら、「君は絶対USから出すべきだ」って言ってくれたのが最後のとどめでした。
これはもう絶対にやらないと、と思って、EMIの長井さんに、「私NYに住みたいんですけど、いいでしょうか」と。で、当然EMI所属アーティストなので日本に居ないと仕事にならないからって言われるかと思ったら、「行って来い!」って(笑)。「僕が後の面倒は見るから」と。もうこれはね、大きな賭け。辞めさせられるって思っていたから。でも彼には私を通じての夢があったみたいで。要は私をEMIに移籍させたその時から、AKの曲は海外に通用するって思っていて、応援してくれた最初の一人なので、この3枚を通じて、この後はNYにAKを行かせてUSで出す、という気持ちは彼の中にもあって。2人の目標、って感じでした。
――そしてNYに移住して、"Say That You Love Me"という大ヒットが生まれたわけですが、この曲をフランソワ・ケヴォーキアンとエリック・カッパーがリミックスするにいたった経緯は?
AK : 3枚目の『Love』の中に"Say That You Love Me"がオリジナルソングで入ってますが、私は『Love』のなかでこの曲が一番好きだったのね、個人的に。なんだけど、スローな曲だし、シングルにはならないの。でも、いろんな人に聞かせていくうちに、「僕はこの曲が大好きだよ」って言う人が海外に多くて。もともとダンス・シーンの音楽も大好きで、当然日本に住んでいるときも結構クラブにも通っていたのだけれど、ただ自分の曲は歌モノだから、ダンスシーンのトラックを歌モノで混ぜるって言う感覚がまだなかなかうまく出来なくて、スキル的にも。
ただリミックスだったらできる、って思ったから、リミックスでAKの曲をあんなふうにして欲しいなあ、誰と組もうかなって考えてたときに、フランソワやってくれないかな、って。日本に彼が来日したときも聴きに行っていたし、ものすごく好きだったし、で彼のサウンドワークとかも良く知ってたので、これはフランソワにやって貰ったら最高だなって思い始めて。で、いままでLondon、LA、NYのレコーディングでやってきたことと同じようにフランソワにも曲を送って、「こういう曲を作っている者ですけど貴方にリミックスをして貰いたいのですが、どう思われますか」って聞いたら「是非、やりたい」という返事が来て。フランソワとエリック・カッパーによる感激のリミックスが上がってきて、NYのレーベル<キング・ストリート・サウンズ>に持っていったら、聴いて貰う前は全く話が進まなかったのに即契約になり、全米デビューシングルとしてリリースされて、世界中のチャートで一位になりました。私の第二チャプターのスタートでしたね。
――R&Bから"Say That You Love Me"のリミックスという転機を経てハウス・シーンに踏み出すわけですが、移籍後のEMIから出されたそれまでの3枚の作品がR&Bで、R&Bからハウスにシフトチェンジするっていうのは大きな変化だと思いますが、ご自身としてはどうですか?
AK : あのね、思ってるほど自分の中では大きなチェンジではなくって、というのも、私のヴォーカルプロダクションって一貫していて、書き始めの頃から今までほとんど変わっていない、自分なりに作り上げたスタイルっていうのがあるんです。で、バックのサウンドが変わっているだけ。
R&B、ヒップホップって、ジャズとかソウルがルーツにあるし、そういう意味では、ダンス・ミュージックっていうのもソウルが入ってるし、ファンクが入ってるし、プラス、テクノのビートとかそういうのもやっぱり私の中で共通点がものすごくあるんですね。だからそんなにジャンルがかけ離れすぎたものではない。ただまだその頃はジャンル分けがピシッてなってて、ある意味ジャンプには見えるんだけれど、R&B、ヒップホップが好きでありながらもクラブに通ってた私としては、結構、テクノでもトランスでも何でも好き。そういうのを聴きながら「こういう刺激的なビートのものも歌ものって出来るのかな?って思って、ちょっとテストで自分でビートも作り始めたりもしたけど、違うな、みたいな。で、そういうのがあったので、"Say That You Love Me"をリミックスしてもらったのもとても自然な流れでした。
――ということは自然な流れでハウスミュージックに移っていった、ということですね。
AK : うんうん、で、その間Body&Soulや、ダニーの718sessionsや、勿論それだけではないN.Y.のクラブシーンも体験して、いろんなアーティストとコラボレーションしている間に、「自分でもビートとか作りたいな」ってどんどん思い始め。実はNYに住み始めて初めてダンストラックとして作ったのが"If You Love Me"です。
――今回のアルバムはAKのハウスの顔が詰まった一枚となっていますが、今後もハウス中心に作り続けていく予定ですか?
AK : 今回はダンス・コレクション・アルバムってテーマで、AKがN.Y.に住み始めて、"Say That You Love Me"っていうAKの歴史に残っちゃうメモリアルソングが生まれたから、それに付随した8年の歴史が、ぎゅーって入ったアルバムになりましたが、ダンスだけじゃなくて、もともとクロスオーヴァーで育ってるし、やっぱりいまだに私はR&B であろうが、ソウルであろうが、他のジャンルであろうが、好きなものは好き。あんまりジャンルにとらわれずに、そういう意味ではボーダレスにいきたいです。
――ではまたR&Bみたいな作品を、アルバムに入れたりという可能性もある、と。
AK : 入るかもしれないし、その辺は自分でこれからどういうアプローチをするかはわからない。私アルバムっていうコンセプトが好きなんですね。アルバム一枚を通したストーリーっていうのが好きなので、どんなに自分が好きな曲であってもこのアルバムのストーリーとは違うなって思ったらアルバムには入れないかもしれない。ただ(R&Bを)作らないか、って言われたら作るかもしれないですね。
End of the interview
[Release Information]
2010.08.25(Wed) Release
AK "SAY THAT YOU LOVE ME - Best of NY Sweet Electro -"

*8.25 発売アルバム "SAY THAT YOU LOVE ME" よりセレクトされた4曲の "IF YOU LOVE ME" が8/18よりiTunes限定販売スタート。
iTunesDLはこちらから → http://bit.ly/9NmJGQ
[Tour Schedule]
2010.09.18 (Sat) DANNY KRIVIT & AK - Double CD Release Japan Tour @ Grand Cafe, Osaka
2010.09.19 (Sun) King Street Sounds presents Danny Krivit & AK Double Album Release Party @ eleven, Tokyo
2010.09.22 (Wed) @ CLUB MAGO, Nagoya
2010.09.24 (Fri) THE TRAVEL @ nude, Takamatsu
2010.09.25 (Sat) GUEST: Danny Krvit & AK @ SOUND A BASE NEST, Utsunomiya
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